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見えないもの。

2008年11月12日 01:55

「見えないもの」

それは、「見えているけれど見えていないもの」なんだろう。

そして、それを見ることができるのは、言わば、「第三の目」です。
この「第三の目」とは、色々な角度から物事を見る視点であり、信じる力であり、素直な心であるかもしれない。


「無内容こそに内容がある。」

わりと聞くことのあるセリフかもしれない。

だけど、この視点こそが、見えないものを見る「第三の目」なのかもしれない。
つまり、無価値の価値を認めること、無意味の意味を信じることで、見えないものが見えるようになるのではないか。

多くの人の目には、無意味で無価値としか映らない行為やアイデアがある。
しかし、ひょっとしたら、そんな無意味や無価値の中にも、価値や意味があるのかもしれないと信じ続けている人に、僕はなりたい。

これだけの根拠で斬新な治療を施すわけにはいかない。
だけど、そんな感性を持つことで、新たな科学的発想に結びつくかもしれないし、そこから誰にも治せなかった怪我が治せるかもしれない。

「自分はこれだけのことができるのに、認めてもらえない」
「もっと自分はできることがあるのに、やらせてもらえない」

そう思った時期は確かにあった。

「こんなことしかできないなら、時間の無駄だ」

そう思ったことさえあった。

得てして、無意味で無価値という仮面を被ったかけがえのない経験や時間、アイデアというのは、ある程度の時間が経過しなければ、その意味を見出せない。それは僕が未熟なだけかもしれないし、実際本質的にそういうものなのかもしれない。1週間後にその価値を見出せるかもしれないし、5年後にようやく気づくことができるのかもしれない。

忍耐。

無駄だ、無価値だ、と憂いでいたり、諦めてしまったり、投げ出してしまったり。本当の価値も意味もわからないままに。それはもったいないなぁ、と思う。

人生はクイズの連続なのかもしれない。

「この経験の意味はなんでしょう?」

明確な答えは誰も持ち合わせていない。だけど、僕ならこう答える。

「パス」

そう、あとで解答したっていいじゃないか。
ただ、このクイズには必ずヒントが隠されている。自分の「過去の経験」と言う名のヒントが。
僕の経験はこの手のクイズにいつもヒントを出してくれる。
「後でわかるから、わかるまで精一杯生きなさい」

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